2017 12/284:00 腰の痛みで目が覚めトイレへ、リアル初老を痛感する今日このごろ。そのまま起床。
16:30 息子が塾から帰ってきてから帰省のため家を出る。
昨日までの悪天候が嘘の様に、275(国道)も走りやすく、滝川から12号線に入る。路面状況も概ね圧雪路面なので適度な速度で順当に走行。
神居古潭にさしかかると、雪足が増してきた。先日、報道で上川地方は大雪だったと聞いていたし、昨日、深川市納内に出張に来ていたので、ある程度覚悟はしていた。案の定。台場に入る頃暴風雪となり、視界不良もいいところ。徐行で走り、高砂台を抜けて環状線へ、ここは割と広めの二車線なのだが、路肩はおろか左の走行道路にも雪がてんこ盛り。しかも路面は、除雪が追っついていないのでパウダースノーが踏み固められておらずフワフワ状態。
ここがゲレンデなら最高なのだが、、とか思いながら西神楽御陵にある100満ボルトへ立ち寄る。(あ。散々書いてて今更だけれど、土地勘無い人はゴメンね)
ここには、電気屋時代お世話になった音響メーカー派遣だったOKっが勤務している店舗。リフォームの営業なので店に居る事は殆どないとも聞いてはいた。
閉店30分前くらいだったので、店員も歳末セールの段取りに追われていた。息子をゲームコーナーへ行かせ店員さんに声をかけ呼び出してもらう。
その間に、前々職の音響メーカー営業だった富山在住SZKIさんから「最近の液晶。結構イイよ」と、聞かされていたので、見てみることに。。。
数台の液晶をまじまじと見る。コンストラスト、明るさ、当時気になって仕方がなかった映像の残像感が気にならないレベルになっていた。
でも。。。たしかにクオリティはイイけれど、4Kは。。。オレ映画見ねぇしな。ビートたけしや小峠とかを4Kで見る必要性も感じられない。旅番組とかはイイかも知れないが、今のプラズマが壊れてから考えたい。買うのは有機ELにはなるだろうが。。←こだわってんじゃん!
「すいませーーん!OK退社しております」
まぁ、仕方ないさな。
そのまま環状線を走り、東光かつやに立ち寄り少し遅い晩飯を息子と頂く。その際の会話。
UZ「お母さんから、夜ご飯代として二人で千円もらっているからね。カツ丼(梅〜約500円)ね。」
店員「お決まりですか?」
息子「松!(約750円)」
(おいおい、お父さんの話聞いてた?)
散々飲み歩いて散財してる親父が、息子が食べたいと言うものを食べさせない訳にもいかないので、自腹を切ることに。。(数百円だろうっての!)
もちろん食べさせたけどね。←ちっちぇーなぁ。
その間にOKっちから着電。久々に会話。
また機会はあるので、再会を約束した。
20:45 実家到着
本日はMNKZから誘われていた同期会があるのだが、二次会から参加になっていたので、どこでやるのか分からなかったので連絡。
二次会は先輩の店に行くが、三次会からTERUの店に行くという。
「そこに行くかい?」と、聞くも、
「UZ、TERUちゃんと積もる話もあるんじゃない?余分にお金使うこともないから先行ってて〜後でオレらも行くから。」
相変わらずの優しさと気遣いを感じつつ、21:15頃、家を出る。
バスの時間は終わっているので、合同無線、中央、小鳩、、主たるところに電話をするも捕まらない。あー年末だ。と、気がつくも家を出てしまっている。
ままよ。
サンロクまでは実家から5キロ程、歩いていけない距離でもない。
うちの実家のそばのメイン道路は南端線で街に向かって四条通りとなり、その先は札幌まで続く国道12号線。話はでかいが、ホント曲がらず真っ直ぐ行けば札幌に着く位置に実家があるのだ。
バス停がある木工団地で時刻を確認するも、今から30分後。この辺りからはタクシーもいたにはいたが、街から住宅街方面に向かう車ばかり。
その先、豊岡4-1のバス停でも同様に確認したが、もうめんどいので歩く決意を。
なんせ、旭川は先日ドカ雪が降ったので、歩道と車道の間には山のように雪が積まれ、行き交うクルマも目視できない程。それも相まって、左側を歩いていると、客を降ろしたタクシーがサンロクへ向かっているのも、雪の隙間から見える。が、後ろからくるタクシーを拾うにも、車道に出なければならない。
歩きながらタクシーを拾う行為が出来ないジレンマって雪国ならではとおもったね。
じゃ、右歩けばって言うけど、街から来るタクシーは全て客が乗っているんだって。
普段、何も考えてないオレだって一応は。。そんなもんルーティンだろって?さすが出来る役職者は違うねぇ。。(笑)
4-24辺りで、ラッキーにもタクシーを拾えたので乗ることにした。歩いてもイイと言っても、この寒さがイイとは一言も言っていない。なんだそりゃ?
22:00 ナイトビュー到着。
長くなった。。おまえがそうしたんだろ!
イイだろ別に。続く。
掛け違い
本年一発目の記事は、ひさびさに会った中で自身が聞いた感じた話を書こうと思う。正月帰省記事は後日書くので待っておれ。
表向きの印象と、内面の想いってのは得てして印象が異なるものでもある。
そんな事は思っていないのに、解釈を変えられてしまっていた。
そんなエピソードでもある。
詳しく書くと何かと問題もあろうと思うので、脚色をして表現をしたい。
知っての通り、オレは友人や知人は相当多い。
そして、親友と呼べるレベルの人間も多いと思う。(相手未確認。UZ独自観点)
二年前から暦通りの生活になり、今まで会えなかった諸氏にも相当数会うことが可能となった。
加えて、旧知の友だけではなく、新しい出会いもかなりあった。
そうなると、会う人会わない(会えない)人物は出てくるし、偏った会い方になるのは否めない部分。ここは、自身の都合だけではなく、相手の都合もある。
今住んでいる札幌での友人達は、比較的曜日も関係無く会える。が、当たり前に地元旭川の友人には盆や正月などの連休時にしか会えない。
そして、だんだんと固定化されてきている。
地元で気を使いたくないという側面もある。
だから、会いたくても会えない友人も多いし、疎遠になりがちになる。最近では、友人に飲み屋の段取りや参加者を募ってもらったりしている。
言い訳じゃないが、オレは札幌に住んでいて生活もある。旭川の店事情も友人達の事情も旭川住みの人間からみると情報が圧倒的に少ないのだ。
まるで旭川に住んでいる友人と同じような感覚で、オレから誘われない。とか、連絡をくれないとか、居ないところで言われてもどうしようもないのだわ。
全く以って寝耳に水としか表現できない。
無論、ずらしてる訳でもなけりゃ、嫌いな訳でもない。むしろ都合が合致するなら会いたいし話をしたいのさ。
みんなの前では転職最高!とか、言うが、正直異種異業種を未経験で始めたこのプレッシャー。。半端ないんよ?今はもう職場にも人間関係も慣れたが、前に書いた様に今年からスタートラインに立ったんだから。
だから、友人達の動向も本人に会ってなけりゃ、知る由もないと理解していただけないかなと思う。
正直、生活は旭川では無く札幌なのよ。。
そこまで忖度しなきゃならんのであれば、オレはそこまでは無理。
成長したいからさ。
いがみ合うなんてホント真っ平御免。
親友だからこそだよ。
見ることもないだろうが、よろしく頼むね。
寒中見舞い申し上げます(喪中)
昨年2017年は自身にとって公私とも人生最高の年となり、昨年度初めにここで願った目標二つは達成。
今年は戌年、年男。
自己標語は「成せばなる」を、念頭に。。
今年の目標。
趣味のウォーランは、マラソン大会ハーフ出場完走。
もうひとつの趣味、楽器遊びは「固定のバンドを組む(組みたい)」最後のコレは願望なんだけれど、市内の地域FMに出演し今後の足がかりを掴みたい(笑)
こう思えるのは、昨年サポートして頂いた方々のおかげ。
人間としても成長して、定年後の人生を謳歌できるようやっていこうと思う。定年って、、随分先の、、話でもないんだよなこれが(爆)弊社は定年無いんだけどね。
あ。ひとつ言っておくけれど、私の一番の趣味は小学校二年生の時から『書くこと』なので、陰口叩かれても何しても「バンバン更新」します。ソレがうざけりゃ、ここを見にくんなよっての♪
って事で、今年もヨロシク!って反応のあるヤツだけでいい。めんどい。
2017年は充実した年だったと言える。
我輩は、、忖度に次ぐ忖度も然程苦にならない『自虐的卑下民族』であるので、そう思えるのであろう。
今年も何十年振りの出会いがあったり、かけがえのない人との再会や新しい出会いがあったり、趣味の幅を広げたりと私的には人生で最高の年だった。
仕事に関しても、厳しくも温情がある方々に支えられて、数ミリ単位ではあるが、少しづつ身になってきている。
そして、悪いこともラクに考えられる性格だが、唯一懸念されていた粘着性の高い「下らない」問題も年の瀬前に自己解決する事が出来たので、美味い酒を飲みながら来季に臨める。
今回の記事は、読んで理解できる方は私に忖度して頂ければ幸い。逆に忖度して書いてもいる。
忖度忖度コンタック←風邪ではない。
過去に囚われた哀れな方々は、本年を持って決別。
逆に思う方もいらっしゃるだろうから、決別していただいて大いに結構。
来季は。。
もう、面倒な忖度は致しません!←大門未知子
忖度忖度五月蝿いって?
流行語は使いたい派なんで。
↓割にテクある。でも、やらないんだわ。。。
三週連続すすきの その3 【平日でも行っとけ】
前までの職種なら平日休みだったし、ただ口を使えばいい仕事だったので気軽に行けたが、今は身体を使いまくって、点検や運転をする事も多い仕事なので、平日飲むってのはなかなか。。。って、オレは関係ないな。時間には制約はあるが、自己都合より相手の空き時間にミートすれば行くだけのこと。
ただし!誰でもホイホイ行くわけじゃない。
俺にとって大事なキャラとしか行かん。
立場を使い、自分が偉いから同行させるとか、偉い人だからおこぼれいただくため自己アピールのために行くとか、そんな低俗な量産型の若い奴を嫌という程見てきたので、その部分はワザとそうしてる様にも思う。
だけど、管理職とかならそういった席は大事で、むしろ行かねばならないとも思う。部下のためにって部分にはなろうがね。
だから全部を否定はしない。
あー長引いた。
12/25 月曜日
今回は急遽忘年会を催す事になったが、オレ自身週末は全て予定で埋まっていたために、そこで行う他なかったというのが事情。
ま。嫌われている奴にはとことん嫌われているが、嫌われている割には誘いが多いとは思う。
どうなんだろう?大企業の主任なら年末ったら二十件くらい行ってるんだろうから、鼻つまみ者のオレなんか大したもんでもなかろう。
20:00開始。22:00。。
まさか帰らないよね?
はい。二次会確定!結局は1:30のみが終了。
翌日、7:00出社で留萌出張行きましたよ。。。
私、酒を理由に遅刻とかしないんで。
こんなに飲み行ってUZなんてワーキングプアだから、皆にハイエナのようにカネたかってるんじゃない?
馬鹿野郎!ここまで六件一件を除いて自腹だっちゅうの!
大企業でもコマーシャルとかスポンサーとやったら、給与なんて雀の涙だって。ボーナスもけっちかったしな。
量産型社員だったから笑。
なんのこっちゃねん!
すすきの編終了!
三週連続すすきの その2
【A HARD DAY 23,Des 2017】
12/23 土曜日 この日の出来事はLINEで書いた記事をコピペ。加筆修正有。
AM4:30 起床。読書。整備日誌記載。勉強。
AM6:30 入浴。
AM7:30 部屋の掃除や洗濯。
AM8:40 カミさんを職場まで送る。
PM11:30 サツドラで買い物。
PM11:45 息子を友達の家へ送る。
PM12:00 オレが投稿したネタがラジオで放送されたのを聞き届けた後、かつやで昼メシ。
PM12:30 ダイソーで買い物。
PM13:15 カミさんを職場まで迎えに行く。
PM14:00 狸小路にあるCafe&Bar Fiestaへあっきくんが所属しているビッグバンドのコンサートを鑑賞。
PM16:15 島村楽器へ。ギターの弦を購入し、ギブソンのレスポールを試演。
PM17:00 札駅で中学時代の同級生初の女ギャガーで唯一の称号を与えた女性。きーと26年振りに再会。
(別件でこの記事は詳しく書く)
PM17:40 すすきのへ。多国籍ダイニング036で飲み開始。
PM20:00 隣のいろはへ移動。
PM22:30 同級生と別れ、別件の知人と会うため移動。
PM22:40 とあるBARで知人と落ち合い飲む。常連客含め飲めや踊れやの大宴会。
AM2:30 撤収、小腹が空いたのですすきの交番横の松屋で牛丼を頬張る。
AM3:00 タクシーで帰宅。すぐさま就寝。
芸能人並みのスケジュールだった。←それは言い過ぎ。。
3週連続&2日連続のすすきのだった。月曜もすすきの予定。HARD DAYは年末いっぱい続くようだ。
知人の行きつけのBARには、まさかの布袋さんの生サイン。俺と布袋さんの縁を感じずにはいられない。←一方的な思い込み(爆)
三週連続すすきの その1【家族サービス】
22日 金曜の夜は、クリスマスということもあり、妻と息子と三人ですすきのの「くっく農園」でしゃぶしゃぶ食べ放題へ。
無論、オレ一人ならこんなバカップルの為に用意されたアメリカの儀式などクソ喰らえだが、子供には夢を持って欲しいから。ね。。
息子をすすきのに連れてきたのは、4年ぶりくらいになるかも。

オレは肉はあんま好きじゃないが、豚はなんとか食べれる。まぁ、息子は肉好きだから満足したようだ。
寒い日が続いたのでしゃぶしゃぶは悪くなかった。
愛したくても、もはや愛せない妻だが、こういった時、いの一番に店を探したりして家庭内イベントを盛り上げてくれるのは、正直助かる。
だから、オレは家長でありながら家での立場は一番下で甘んじている。と、言うわけだ。
なんにせよ、コレで三週連続のすすきの。
札幌駅周辺ってのは記録にあろうが、すすきのは、ある意味記録であろう。
相変わらずそういう方向に持ってくるのは、お見通しでしょ?
二週連続すすきの
先週末は土日休みだったので、飲みに出たいなと思っていたら。。。
UZさん?飲みに行きません?
と、フェイスブックのメッセンジャーで連絡がきた。
彼と会うのは去年の夏に会社へ顔出した時以来。
飲むのは一年半ぶり。
すすきのラフィア前で待ち合わせ。
Mちゃんから電話が。何気に顔を上げると
MちゃんMさんが待ち構えていた(笑)
そして、普段行けない高級焼鳥屋へ。。
ホント彼らと会うと立場も忘れて、懐かしい話に花が咲く。
お互いの近況もじっくり語る。
同じ職場で出会ったのが16年半前。
皆、違う仕事をしているのに会う意味。
手前味噌だが、人間的魅力を備えているからに過ぎない。無論、オレも相手に人間的魅力が無いと会うことはない。
今も人間対人間の付き合いができるのは、やはり初期の面子しかいない。
視野が広く、懐が深い。
今も前職で働いている方々も人間的魅力があるのに、自ら蓋をして身内でしかつるんでいない。
辞めた人間は、今どうしているのか?
どんな仕事をしているのか?
どんな活躍をしているのか?
気にならないのだろうか?
今も働いている数名と飲む事はあるが、その際。
今の活躍をいくら話しても。。
「あの人はこうだった」
「あの人はああだった」
って、当時の印象のまま話をする人が多い。
その話題にしてる人物は新たなステージで、働いているのに、言ってる本人は同じ環境で働いているから時が止まったまま。広く考えられないのだろう。とは思いながら、黙って聞いている。
そんなにあんたらの仕事は上なのか?
と、思ってしまう。
そうなると、その人の印象も気薄になる。
人間味が薄い。成長は異種異業種の人を受け入れる事を、なぜかしない。特に前職の面々は。
結局、やめたら関係ないんだな。
自分には関係ない態度を取るんだな。
今後、躊躇して誘えなくなる。誘わなくなる。
だって、尺の狭い人間と、コレからの未来。話も付き合いも広がって行きそうに無いから。
どうせオレのコトも軽く見てんだべ?
悪いけど、人間的な成長もさることながら、新しい世界で常に刺激を得てるわ。
何より最高に充実している。
おっと!話がまた(笑)
Mさんは言った。
「人生なんて僅かなんだから、下らない見栄張らんで、他社や畑違いの人間と接すれば自分の幅も広げるんだわ」
同感。いいコト言うわ相変わらず。
そして、Mさんは独立して10周年との事。
社内で社員と愚痴を言う世界から、
異種異業種の人間とディスカッションしてみんか?
なぁ。ホント、60歳で定年なんだぞ?
嘱託で65までできる仕事ではないだろう?
よく考えなよ。
対話のテーブルは用意しとるんだよ。
腹立たしい?
なら、行動すれよ。
文句や愚痴を言わんで。
バブル世代110万人を直撃2035年問題とは?※リンク
下記クリックして読んでから、気になるなら下を読めばいいし、UZのクソ野郎の話など聞きたくないなら閉じリャいい。なんでここにきたのか?って話にはなるがな。
いやはや、記事を読んで大きく頷いたわぁ。
オレもバブル期1989年 に就職をした口だが、たしかにやたらと働いた記憶が鮮明に蘇る。
タイムカードなんて無し。
残業なんて当たり前。てか、定時って何時?の世界。
残業代なんて付いたって寸志程度。
だから、バブル世代は華やかに見えるかも知れないが、記載されているように
役職を手に入れられない人間が多い世代。
そりゃそうだ、前にも書いた事に重複すっけど、パイは決まってて椅子も規定通り。主任やチーフなら手当も少なくザクのように量産もできるが、管理職以上はおいそれとあげる訳にゃいかん。して、大手は常勤じゃない取締役とか顧問だとか、わけわからんヤツに椅子を用意して何千万も与え、政治家や関係省庁とパイプを作ってんだもん。
バブル世代はおろか、社員も恩恵なんて受けられん。
国がなんとかしてくれる時代なんて、とうの昔に崩壊しとるわ。
分かって言ってるんでしょう?
認めたくないの分かるけど、老後はオマエの責任で生きるしかない。
誰かのせいにしてるなら、そんなの時間の無駄だからやめろって。
おいおい、お前が一番誰かのせいにして責任転嫁しとっただろ(爆笑)
それでもキチンと独房から抜けたべさ?
どの組織に属したって、定年までの話よ。
資産はカネじゃないんだよ。
信頼と人脈。
ソレを得るための道具がカネなの。
今や退職金数千万もらったって、介護貧乏で孤独死量産だろう?ザクだよ。ゲルググじゃないんだよ?(ザクは一年戦争前期から後期型迄さまざまな量産タイプがあったが、ゲルググはソロモン戦役〜アバオアクとほぼ終戦間際に量産されたため機体が少ない。という比喩)
して60で定年。嘱託で65。年金支給は70歳。
まず、働くにしたって病気しないでその歳まで生きられるか?生きたとしても、年金支給までの5年間どうすんの?
そんな老人雇ってくれんでしょう?
部長だった!課長だった!そんな偉かったやつが、清掃員のバイトとか公衆便所の掃除とかできんべ?
オレみたいにプライドがない奴は「部課長」なにそれ?って感じでこだわっていなかったけれど、バイトで充分な指示待ち仕事をしていて大企業にいる意味ねーから個人会社に転職。
だがね。何回も口すっぱくなってっけど、40越えて一兵卒って、オマエらが思ってるほど甘くねーよ。
しかも、全くの異種異業種だから。
あはは!オレは乗り越えてきたので言えるけれど、小さいプライドを捨てる勇気も無いんだから、転職なんてできんわなぁ。。
そのかわり人権は否定されるし泥水啜っても耐えられる肉体と、膨大な暴言や攻撃にも耐えられる精神力が必須だがね。
我慢できないなら、愚痴言わないでそのまま定年まで働いて、辞めた後、同じ職場の人間とつるんでりゃいいさ。つるんでくれりゃの話だけどな。たいがい、会社辞めた後ウザがられて、電話はおろかLINEもこないよ。絶対に。
オレは絶対、耐えられない!
そもそもプライドなんて自分で決めた尺度であって、メジャーのように延ばせばいいと思うのよ。自分の意思で簡単にできるはずなんだけどな。
だから、職場の人間でもコレは!と思う人物はプライベートで会うし、辞めた後も定期的な付き合いもすんのよ。
男女とわずね。
身体を求めるとか、好きだのなんだのとか、いうクソな人間も多いけど、たまたまリスペクトする相手が異性だったってあんじゃん。
そこも決められた枠でしか考えられない可哀想な種族なんだと無視する他ないが。。
締めれなくなってきた。
UZは壮大な話をしてると思って聞いてたら、最終的には何を言いたかったんだ?して、薄口だよね。
って趣旨のことを、今年友人2名に言われた。
だけど、UZらしい。面白い。
って、言って頂いた。(二人とも職種は違うが経営者。オレは平社員←知ってる!)
うんうん。人望が厚いオレは懐の深い友人をたくさん持っている事に改めて、掌握術と感謝を思うのであった。
一般的な年末
先週の土曜日。。職務後、、こうなるわな。
10時間ぶっ通し呑んで。。。

始発で帰宅は6:30
はい。本年度四度目の徹夜でございます(笑)
この仕事始めて肉体的に若返ったな。
私は今〜♪(今井美樹)人生で最高に楽しい。
自身。知る人ぞ知る「杏仁UZ」と呼ばれる程、
杏仁豆腐好きなのだが、、、コレはヤバイ。。。
陳建一や周富徳の店で食べた杏仁より上かも。。。
ホントに美味すぎて、、、もう杏仁(堪忍)してぇ!!
オレのようなワーキングプアでも何とか購入できる額。「二百円台」なのも嬉しい♬
この歳になると、結婚式に参加する機会よりお葬式に参列する方が多くなってきたが、前の職場では同僚が殆ど歳下だったので、仲の良い人達の挙式に列席させて頂くことも多かった。
自身が20代の頃に結婚した友人は半数くらいは離婚しているのが多い。
逆に、自身が30越えて結婚式に参列させていただいた友人や仲の良い同僚は殆ど別れてはいないようだ。
前職は同僚や上司の数がハンパないので、列席できない、誘われないケースも多くあった。
結構、結婚後直ぐに離婚してる人も多くいた。
話を聞いていると、別れてる人達は
「結婚式をする事がゴール」
と、捉えている気がしてならない。
付き合う感覚で結婚を軽々しくするから。。
なんぞ思う次第。
結婚して幸せを掴むなんてのは、正直理想であって、現実は他人と一つ屋根の下で暮らすというのは
「かなりのストレスを強いられる」
幸せとは縁遠い事なのだ。
じゃ、何で離婚せずに長く続いてる人がいっぱいいるの?
と、いう疑問が生まれる。
●亭主関白じゃない旦那
●主権はかみさん
●女性上位
などを遂行できる御主人だから、離婚はまず無いのだ。
もちろん、かみさんが他に男を作って出て行くというイレギュラーもあるけど、大概は旦那が偉そうにした時、カルマは制裁を加えるのである。
逆だと即離婚も否めない。
亭主関白→じゃ、貴方?自分でそういう尽くしてくれるオンナ見つけりゃいいじゃん。
主権は旦那→ふざけんな!あたしは家政婦じゃ無いのよ!
男性上位→明治時代でも無ければ戦時中でもありません。
ざっくりこんな感じ。
ん?全部が全部とは言っとらん。
自分が見聞きした中での狭い世界の話。
言ってしまえばオレのメガネでの主観。
かみさんの言う事聞いて、息苦しく無いの?
温かいご飯が食べられて、お弁当を作ってくれて。
食文化に乏しかった自分がそれなりに味を語れるようになったりとか。。
ま。食ばかりだが、オレは食にコンプレックスがあったので、この部分だけでも大いに結婚した意味はある。
あとは、、流産の経験。
その後一人だが授かった息子だな。
広汎性発達障害という自閉症なのだが、素直にすくすく育っている。
親としては及第点も残るが、かみさんが障害だからと特別扱いせず、ガンガン育て上げてくれた。
また、彼がいなければ、障害者に対する感情は皆無だっただろう。
無論、結婚しなければ、当然子供は出来ないのだから、そういった気苦労はしなくて済んだだろう。
いや、今となっては気苦労なんて思わない。
むしろ、彼がどう世の中に出て行くのか?
ワクワクである。
話は逸れたが、
結婚はゴールじゃない。
スタートなのだ。
好き嫌いとか低俗な関係だと100%別れる。
オレ自身、今。結婚が幸せとか愛とかはほぼない。
だけど、結婚というカテゴリーがあったから、結婚後の世界を知ることが出来た。
したことのない事が出来ただけでも、人生プラス作用なのではなかろうか?
ま。離婚したらしたで、その世界観も得られるのだろうね。
でもさ。。子供が産まれて直ぐに離婚できる奴はスゴイと思うよ。
乳飲み子を捨てて他の異性に走るわけでしょ?
面の皮厚いか、男や女を捨てきれないんだろうな。
『アッチの方はインテリジェンスかい?』
↑BOΦWY IMAGE DOWNの一節。
そういったケースでは、だいたい母親が育ててるが、身の周りでは案外親父が引き取って育ててるケースが案外多い。
そんな友人知人を、とても素晴らしい人間だと思う。
世の中、母子家庭の方が国の援助を受けやすいからね。
オレには真似できないから、離婚はしない。
おいおいUZ。随分薄い理由だな?
結果オーライ。
表から見りゃ、尻に敷かれても子供の為に懸命に働く親父って感じだろ?
いいんだよ。体裁気取る鮮やかさってヤツだ。
それもまた真理。
麻原かっ!!
場所は違えど
最近はスマホやタブレットで、SNSでサクッやって、LINEで連絡とってって感じだけど、20年くらい前はパソコンを立ち上げてホームページを開いてBBSで意見を投稿したり、メールを送りあったり。。
そんな中で、2001年に札幌へ転職してしばらくした頃、2チャンネルというサイトの存在を知った。そう、数年後の2005年「電車男」の発端となったアレの電子掲示板。下世話なエロネタから政治まで話題豊富なソレ。
前職はそれなりに名の通った企業だった。
故に社員、バイト、パート、メーカー派遣、取引先など人間も相当数いたので、色んな群像劇があったと思う。
だから表立った話も聞いていたが、その2チャンネルには、結構エグい話も多くあった。ほとんどが誰が誰とやったとか下らない内容ばかりだったけれど、会社で目立ってる人や立場は偉いけど人間性に難がある人などの情報が赤裸々に書いてもあった。
情報って綺麗な書き方をしたが、匿名故に尋常じゃない悪口の羅列サイトと言ってもいい。
個人的にはこの2ちゃんねるってサイト、書き方ってか表現の仕方が大嫌いで、虫酸が走る。
まぁ、書いてることが幼児のうんこみたいな内容で、書いてるやつの品位もクソみたいな感じなのだろう。
つい、先日。
前職を辞めたOBで全く畑違いの技術職をしてる奴とメシに行ったのだが、そこで。。
俺「いやぁ。。仕事終わって19時に落ち合ってメシ。なんて、、以前なら想像つかんよな。」
若「ホントに忙しない感じでしたもんねアソコは。。」
若「遅番で終わってから22時過ぎから飲んでたもんね〜」
俺「今なら寝る時間だわ!」
若「それはそれで早すぎる(爆笑)」
俺「工場でもないのに夜勤とかしたよな」
若「朝7時出勤とかもありましたよね〜」
俺「暦通り休めるって。。すごいとおもわん?」
若「決まった時間に会社に行くって、こんなに楽とは。。」
2人とも今の生活に満足してるってコトが垣間見えた。前職の話は少ししかしてないけれど、犯罪を犯して刑期を満了し出所した様な会話をしていた(笑)
俺「今は誰がいるんだ?」
若「あ。あの何とかさん辞めましたよね」
俺「おお。それ、なんだかさんに聞いた聞いた。」
若「そん時、居る時は見もしなかった2ちゃんねる。見てみたんですよねー」
俺「まじで?俺もそん時、ついついきになって2ちゃん見た」
若「何とかさんの悪口凄いの!」
俺「しばらく2ちゃんなんてクソサイト見てんかったけど、相変わらずの感じ(笑)マジで彼の悪口はすごかったね」
若「そんな中で。。。」
俺「ん?どーした??」
若「○○○さんだけ、ものすごく賞賛されていましたよ」
俺「あーーーなんか砂漠に咲いた一輪の花のように、○○○氏べた褒めだった!」
若「確かに悪い人ではなかったけど。。。」
俺「悪いけど、そこまで噂になるくらいでは無かったよな(笑)」
若「UZさんも同じ時期に同じような事思ってたってのがウケる!!」
俺「辞めた今となっては、情報源は2ちゃんねるに限るな(笑)」
それだけ大企業って事なんだなと、2人で感心してた。
だけど、もう二度と働きたく無いって意見は一致していた。
そして、、
そんなどうでもいい奴の事わざわざ調べた俺らも、、
「ヒマだな。」
って、意見で一致したのだった。
初めての事例
先週の月曜日。カンカン場に重機の計量に行った際、なんだか体調が優れなく、帰社してから塗装して、ペラシャにグリス指すのに下潜ったら、、出てくるのに一苦労。。
なんだか悪寒もするし、関節がギシギシ。。コレは風邪ひいたなと思い定時に終わって真っ直ぐ帰宅。。
熱は38.8℃。普段なら全然問題ないレベル。繁忙期もあって身体疲れているからかなぁ??なんぞ思い水がっぱり飲んで床についた。
火曜日朝。やっぱり調子悪い。会社を休んで寝て過ごすも、ダメ。。
水曜日。日中熱が41.5℃子孫繁栄のタネも無くなるだろう高熱で、インフルの可能性もあるなと思い、超久々に近所の内科へ。。
かなり具合が悪かったが、先週まで息子がマイコプラズマにかかっていた時に処方された解熱剤があったので、病院に行く前に飲んでいた。熱も関節痛も落ち着いていたから運転も支障なくできた。
インフルエンザでは無かったものの、マイコは潜伏期間が二、三週間あるので可能性は低いが、血液検査のある項目に数値異常が見られるので、総合病院を紹介され、新道にある札幌東徳洲会へ行った。
こういう初めて来る場所や検査時ってのは、ワクワクしてしまう。
さすが総合病院、規模が違う。
しばらく待たされた後、診察に入り問診。
速攻で胸部X線を撮り、再び診療室へ。
「この影は肺炎ですね。念のためマイコプラズマの検査もしましょう。なんでも効く抗生物質もありますが、それでは乱暴なので細かく検査させてください」
とのこと。
それから、喉の粘膜、鼻の粘膜、吸入器に薬剤を入れそれをあてて出た痰などを採取してもらい、肺炎の菌の種類を確定するそうだ。
それから、さらに胸部CTを撮るというので、放射線科へ。。
こんな時になんだが、マジマジと室内を見渡してしまう。フリップスと書かれた筐体前に横たわり、程なく身体がソレに吸い込まれて行く。。具合は悪いが気分高揚(笑)
それからしばらく待つ。
総合病院にしては珍しく、下世話な担当医師は、待っている際に細かく声をかけてくる。
「今、撮影結果を放射線技師の見解を求めているところなので、すいませんがもう少しお待ちいただけますか?」
はっきり言って、総合病院然としない医師だと思う。
ここからは妄想が、、
あまりにも親身であるがゆえに、患者からは大人気。だが、幹部供、ここでいえば教授や助教授から、
「もっと効率良く患者を見なさい!」
って、疎まれながら言われていると思われる。
オレが長年いた販売業では、
「おいおい、いつまでひとりのお客様をご案内しているんだ??たくさんお待ちになられているんだから、さっさとお客様を捌け!」
捌けって言葉以外は丁寧だが、噛み砕けば。。
「客なんて所詮は一見様なんだから早くおわらせい!」
なぁーんて感じに訳される(笑)
どの世界でも、現場と管理者では客に対する温度差は大きい。
そのくせ自分が応対するときは、相当懇切丁寧で部下より時間かける始末。
結局、幹部なんてのは保身に走る傾向にあるのよね。
それも、今ではよく分かるけれど、やっぱり主戦場は現場なのだとは強めに思う。
妄想してたら、あっという間に時が過ぎ検査結果が出て、処方箋もいただいた。
院内処方なのでかなり楽。
そうして、部長に連絡をする。
「今週いっぱい休みな。せっかくだからゆっくりしたらいいんじゃない?社長には言っておくから」
ありがたい話だわ。
そうして二日後の金曜日午前、経過診療に同病院に行く。
相当な混雑も、人間ウオッチングをしながら時を過ごす。看護師にホントに病気か?と見紛うほど元気にクレーム言いつけてる患者。MRの営業が外科医と密談。札束動いてそうだな。。なぁんて勝手に妄想(笑)
何にせよ病院もすっかりサービス業だな。
難癖つけてくる患者には、薬にトリカブトでも混ぜてやりたくなっちゃう。基本、悪人なんで。
そうこうしてたら、若い事務の女性が声をかけてきた。
「む○○みさん??」
「ん?おおおーーー久しぶり!」
初見で分からなかったのは当時かけていなかった眼鏡とマスクをしていた為。
電気屋時代の2012年に音響部署のレジに配属されていた子。就職を機にバイトも辞めていたが、よく知っていたのでこんなところで会うとはびっくりした。
何にせよ、当時一緒に仕事をしていた社員やバイト、パートや派遣が、こうやって違う世界で頑張っているのは、ホント刺激になる。
他の世界の人間は貴重な情報源。
とにかく、彼女にはコレからも活躍を願う次第。
肺炎どうなった!
織田裕二に対する鈴木保奈美が言う呼称だわ!
察しがいいなオマエ等。
「もうカンチ〜!」
織田と名前だけ同じで、鈴木の美しさ➗100の醜さだが、言わせていただいたわ。
あースッキリ。
して。。社長、オレ病み上がりっすからね(笑)
冷徹
2013年春 昔、友達だったロクデナシが他界。
心の底から死んでくれと願う人物だった。
その後、友人数名からオレの元へ連絡があった。
「亡くなったって?」
「あんな奴でも死ぬと、、なんか寂しい。」
とか、なんとか言われたが。。。
なんとも思わなかった。
涙の一つも出やしない。
むしろ、ザマアミロと思った。
常識の範囲内を超えた行動、そんな仕打ちをされて、可愛そうなんて微塵も思わない。
カルマの法則。
死因は諸説。
自殺。と、思ってはいる。が。。
病死の可能性も。
法には触れない様に抹殺された説もある。
普通笑えない話だが、してやったり。
それぐらい憎しみはある。
人を何だと思っていたのだろうな。
何とも思ってなかったから、アレだけたくさんの人に迷惑をかけたんだろう。
いい思い出もクソも、奴がとった行動で全て無感傷となった。
サディステックな考えをしたら、、、相当だと自身も思う。
所詮、そんな人間だ。
2017年5月中旬
早朝6時、ウォーラン。7.3キロを56分で。
北大構内は、自然もあって気持ちいい〜。

朝食後、洗濯と掃除機をかけ、
先週中古屋で買ったタイヤアルミを脱着。

アルミホイールと185-65/15のセットで、、
税込15900円!なまら安くない?
アルミに組んであったタイヤの製造年月は、、(サイドウォールみたら分かる)201311月中旬だったし、溝も7分あるから、去年スタッドレス買った時に組み替えてバラしてある185-60/15の夏タイヤは、数年後履くことに。
ん?タイヤサイズ違うじゃんって?細かいこと気にするのは棺桶近くなってからでいいしょって。。

居間に戻ると。。
「どっか行こうよ」
こんな息子の一言から、どこかへ遠出するかとなったが、特段行きたいところも無い。
積丹、倶知安、室蘭、登別、、
うーん。。
そして帯広は?と、なり、
200キロほどか、、まぁ、4時間半位でいけるべってことで。。10時頃自宅を出る。
14:40 目的地、帯広にある豚丼のお店「屯とん田(でん)」到着。

店内は満席だった為、外で20分ほど待つ。
基本的に豚丼はロース。だが、店のおすすめはバラ肉と言うので、それをオーダーする。。
そうして座席に着き、待つこと20分。。
バラ肉丼セット 800円

では、、アップを。。
息子は、バラ肉セット、肉大盛り+200円を注文。

食す。。なまら美味い。。肉が苦手なオレが美味いと思うんだから。相当。
伊達に、ぐるなび4.2評価、ミシュランガイド北海道掲載店だけのことはある。
その後、ベタに六花亭本店(帯広が本家※道民は知っているがココの本州読者向け注釈)で、そこでしか食べられないお菓子をいただき、帯広滞在3時間ほどで帰路へ着いた。
随分前(5/23)に書いた下書き記事を途中から加筆した。
やっぱり、筆が乗らないんだよなぁ。。
作家気取りか!!
うるせー
強運
今回のドラフトは大変興味深かった。
そして、木田GMがさんまに指南された利き腕じゃ無い左でその当たりをひいた。
先日、北海道日本ハムファイターズと仮契約した
清宮幸太郎である。
大柄な身体とは対照的に、速球、変化球にも対応力のあるしなやかなフォーム。
伊達に高校通算111本塁打を打ったわけではない。
誰もが思っただろうけど7球団の中からよくぞ引き当てたものである。
けど、過去にもビッグネームを獲得している。
2004年 ダルビッシュ
2007年 中田翔
2010年 斎藤佑樹
2012年 大谷翔平
2014年 有原航平
巨人で活躍している、菅谷もクジを引き当てているのだ。(入団拒否)
そう考えると日ハムはかなりの確率でドラフトを成功させている。(斎藤佑樹は別という意見もあろうが、当時は六大学野球で好成績を収めていた)
2016年リーグ優勝、そして広島との日本シリーズでは劇的な日本一を手にした先シーズンから、期待も高まった今シーズン。。
開幕早々、大谷の怪我を皮切りに、中田の不振、先発投手陣においてもピリッとせず、好投しても打線が繋がらないなど歯車が噛み合わず、終わってみれば5位に沈んだ。
ただ、個々においては存在感を示したとも言える。
前半戦まで打率を.413と好調を維持した近藤健介。巨人からトレードで加入しブレイクした大田泰示(個人的には巨人時代から気にかけていた選手で活躍も納得だった)開幕早々、中島拓也が離脱し代わりに入った、松本剛はさまざまな役割をこなしながら一軍定着。気づけば入団後初の規定打席到達。
有原航平は球団唯一、二桁勝利の10勝をマーク。
残留を発表した中田翔。

今期の不振ではこうならざるを得ない。
昨季あれだけ騒いでた阪神も手を引っ込めた。
が、逆にファイターズの戦力ダウンは免れた。と、考えることができよう。大谷抜けて中田も抜けたら、いくら清宮入ったからって大幅な攻撃力低下は免れないから。
TxTガレージのCMで杉谷拳士との絡みも、まだまだ見たいし(笑)
宮西は増井抜けたら抑えかな?
大野は宣言も納得だな。使われなさ過ぎた。
そして、、武田久は、、退団となった。
意地があるんだろう。頑張っていただきたいが、手をあげる球団はNPBには、、ないのでは。。独立リーグか韓国、台湾という形にはなろう。
結局、大谷入団してから野球を生で一度も見ていないままメジャーへ行ってしまうな。。
それだけが心のこり。
あれやこれや
この日記も趣旨なくダラダラ書き続けて早11年半余り。
10年ひと昔とは良くいうもので、環境も対人関係も変わった。
考え方にしたって、随分変わった。
書きたい事はいっぱいある中、更新するのには波があるのは時間あるかないかって単純なもん。
スマホで記事を書くようになってからは、アプリを起動して書くので、記載途中で止まっている記事も百を優に超える。。超えたから?何だ?って話だが(笑)
ま、ソレを前提に。。
それらの記事を後で見返して、書き上げようと思って、書き上げるかと言うと案外難しい。
書く時に思っていた事と差異が出る事もある。
よくある話で、久しぶりに会った知人や友人に
「変わったね。」「変わってないね。」
なんてコトに似てる。
その変化も、
身体的なもの、思想的なものとあろう。
自分では分かる変化と、気がつかない変化。
良い変化なのか悪い変化なのかは、対するその方の境遇や立場でも変化する。
まぁ。この日記も「まにあっくだらない」をベースしつつも文表現や言葉の羅列にも結構な変化はあるので、新規購読者もいる一方、離れたファン、元仲間もいよう。
「あれやこれや」と、書きたいことを書いていくし、書いた時点がその気持ち。
時計の針はいつまでも止まってんからな。
お互い。
笑う初老←いつのまにかリアル初老(笑)
いやぁ。。。久々に※心を忘れるね。
なしたのって??
イレギュラー、イレギュラー、三、四が無くて、イレギュラー…
イレギュラー、イレギュラー、、
分かったって!!(怒気)
イレギュラースパイラルぅ(笑)
疲れすぎて笑うしかない。。
「ハハハハハ!バカだねぇ〜♪」
↑トシちゃん。田原俊彦。分かるかな?
【※心を亡くす→忙しい】
比較論
さっき(11月12日日の出前頃)
金星と木星がすれ違ったらしい。
。。。
。。
そんな事より
オレの人生すれ違いっぱなし
比較の論点おかしくない?(爆)
それでもやっぱり人に会う
例年、この時期は繁忙期なのだが、先月ちょっとしたコトがあり、その忙しさに拍車をかけている。
ブログの更新も、ツイッター以外のSNSも更新をマトモにしていない所で状況が垣間見える。ナニが見えるのかは、見える人にしか見えない。。←裸の王様かオマエは(笑)
なにはともあれ、そんな中でも職務後は出張さえ無ければほぼほぼ定時に帰れるので、札幌市内の知人友人と食事などは楽しんでいる。
数週間前には、元町のビッグなんじゃらでメシがてら、TAKEと一年半ぶりに再会。
一緒に働いていたのが15年前の数ヶ月だったが、オレの様な無頼者に時折会ってくれる奇異なヤツでもある。
今は経営者相手に営業をしている。久々に会うとまた一つ役職が上がっていた。
異種異業種の人間と話すと、視点も観点も新鮮。
コレは、ズーハロにいる頃も、ビーアイシーにいる頃も感じていたが、彼もまたそういった思いがあるので、ありがたいことに会ってくれているそうだ。
「同じ職場の人間と飯とか行っても愚痴になっちゃうんですよね〜」
それは自然の摂理だし仕方ないけれど、解決しないんだから、ストレス解消の意味合いでしかない。との話をしていた。
そして先週、久々に若手と白石にある「なんじゃらバーグ」に行った。年はTAKEと同じだが、一緒に働いていた時系列でいくと8年くらい前にはなるかな?
そいつとは、今の現状含め近い話もしたのだが、数ヶ月前、前職の結婚式に参加したと聞いた。
当然ながら、会社関係の出席者も多数いたそうで、懐かしい話もソコソコに、皆さん自社の職務的なお話に終始していたのだそうだ。
まぁ、、当たり前っちゃ当たり前なのだけれども、当時一緒に働いていた時の思い出話なら兎も角、数年前に退社した会社の今の現状を話されてもさぁ。。と、困惑しきりだったらしい。
「完全に浦島太郎状態だよ、オレ!」
そして、
「別にいいんだけれど、(自分の)仕事のコトなんて全然聞いてこない聞いてこない。言っても掘り下げてもこない。」
ま、「興味が無い」んでしょうな。
細かい話はさておき、コレをどう思うか。だと思う。
他人の話に耳を傾ける
イコール
自分の全く知らない世界の人といかに多くを話せるか。
コレが備わっているかいないかで、その方の尺度が分かる。
転職が偉いとは言わないけれど、多くの職場を渡り歩いた人は、いろいろと深みのあるモノを感じる。
その一方で、同じ職場で社内政治にだけ頼らず実力で役職に就いている方も、相当な深みを持っている。
そして、他社の人とも積極的に会い興味深く会話をしている。
夏に四年ぶりにキャンプをした際会った、従兄弟で一級下のショウ。
高卒で大企業に勤め、大卒で無ければ不可能だった役員人事に高卒で初でそのポストに就いたとのこと。
同じく従兄弟で旭川市役所に勤めるHIROもコンスタントに役職を上げていっている。
この二人と会うと、話が本当に面白く、大企業ならではの勢力争いや、役所ならではのエピソード。市民の苦情はココまで来てるのか!とか。枚挙。枚挙(笑)
先月、旭川で高校の同級生が集う宴席に出張の為参加できなかったのと、並びに今週旭川で行われる中学校同期会。コレにも列席出来ないのは残念でならない。。
なんでこんなに忙しいのかって?
個人経営の会社って、こんな事あるんだ!
って事で、こんなに忙しいのさ。
興味あれば、12月に入ったら落ち着くので是非。
って、連絡来ないんだべな。
オレの仕事になんざ、なぁ〜んの興味も持って無いから(笑)
なんだかバーグ。手ごねらしい。びっくりとはまた違う趣でなかなかどうして。「貴方なぁ〜らどうするぅ〜♪」←音付けて鳴ってるならオマエはアラフォー確定!
モチロンギュ
昨日、疲れ果てていたが天候が良かったので意を決して、駐車場脇でタイヤ交換をした。
昨年、スタッドレスを買った。知り合いがセレクトにいるのもあってしばらくダンロップを履き続けている。
例年、8月の盆明けには各社がスタッドレスのCMを打ち出し始める。同様に石油ストーブ、冬用のエアコンも然りで、そんな状況でこれからくる冬を感じるのだが、、
今年、特に勢いを感じるのはダンロップ。ブリヂストンの「綾瀬はるか」が霞むほど、「福山雅治」の露出が多い。
オレだけがそう思うのか、はたまた皆が思っているのか?実際、そうなのか?知る由は無いけれど、あの低音ボイスで放たれる
「モチロンギュ」
耳に残って離れないんだよなぁ。
あ。
いつも、どうでもいい話に目を留めて頂き恐縮ですw
同期会ミーティング
今年の春。旭川の高校同期が集う同期会があり、旭大のMNKZが誘ってはくれたのだが、参加できなかった。この会には一昨年参加させて頂き、当時、仲の良かった他校の懐かしい顔ぶれに久々接して気分がとても高揚した。
なんせ、高校を卒業してからサービス業に従事していたし、地元を離れて久しく、こういった土日祝日前ではどうしても断念せざるを得ない。当然、周りも気を回し誘われなくなる。サービス業あるある(笑)
そうして、2月には自分の通っていた旭川龍谷高校の同期会があるとの案内があった。この催しは、卒業後初。参加の方向で考えていたが、当日は仕事。冬道の移動も鑑みて参加を断念した。後で写真が掲載され、皆の姿に懐かしさが溢れた。
前述したかもしれんが、グループLINEからオレに連絡をくれてゴールデンウイークに再会を果たした、TERU。こういった繋がりを生んだのは、この龍谷同期会がキッカケだった。
電話機一つで国交回復までできる時代に、只々感謝である。←JYRO
そして、本題。
今回、旭川東陽中学の同期会を行うとのグループLINEで連絡があった。当初はZUMEと傍観を決め込んでいたのだが、この翌日、主催者〜幹事にZUMEの名が。。アレ?と、思う間も無く、代表者の案内がオレの元にも舞い込み、札幌住みなのに幹事になっていた。←よく引き受けたなぁ。
その話し合いのため、先週またも旭川へ。先々週も行ったのに。てか、今や車の長距離運転は慣れてしまったので、全く苦にはならんけども。。
会合場所は、言わずもがな、安価で美味しい食材を提供してくれる、豊岡「わしん」安定の客入りで15周年を迎えていた。
少し早かったが、気にしたものでも無いので、先に一杯やりながら店主のKBと軽く会話。
程なく、時間となり、幹事の一人でもある「みっちゃん」の登場。小中高同じ学校で、高校2、3年はクラスメイト。仲は良かったが、よくよく思えば学校以外で会う機会はほとんどなかった。みっちゃんもオレも旭大のギャガー「きー」と仲よかったので、きーの家でしばしば会う事があった。
クラス内で、オレのギャグで一番笑ってくれたのもみっちゃんだった。笑いのセンスに長けていた。そういうコトだろ?ジャン!←どぶろっくの締めとギター。
なんにせよ、オレがハローズ旭川大町にいた時、当時彼氏だった「SUSI」と一緒に店に顔だしてくれた以来だから、相当久しいのは間違い無い。何年振り??17、18年くらい??
結婚して、二児の母となっていたが、風貌は変わらない。老けたよ〜。なぁんて言っていたが、全然。相変わらず服装が洒落ている。オレが言うのも憚られるが、当時から群を抜いてセンスがよかった。
本人も言っていたが、学生時代と比べておっとりした印象は受けた。いい意味で穏和になった。そして、とても可愛らしかった。当たり前だが、女性だなぁ。と、思った。
それから、同じく小中高と同じで、愛宕小5、6年同級生の「YGMC」の登場。こちらはみっちゃんとは真逆で、お互い名前は知っているが会話をしたコトはほとんどないと。。。なんなら今回初めて喋ったかも(笑)
それでも、オレの性格上もあるし、YGMCは夜商売の経験もあったので、共通項から会話がポンポン生まれる生まれる。彼女は三児のシングル。「母は強し」を自で行っている。
印象は。。なんせサバサバ。その辺の男よか気持ちいいくらいサッバサバで男気がある(笑)
一時間後。仕事の遅れで、ようやっとZUMEが登場。ま、今更紹介も要らんべ?
この4名で、今回の会を取り仕切るコトとなった。
懐かしい話に花が咲き、近況、今に至る経緯。。。時間はどんどん過ぎて6:00だった時間も深夜12:00。。ZUMEが所用で帰宅。そこから暖簾を降ろした店主KBちょが参加。
話の内容も書きたいが、YGMCの話が壮絶すぎて、、話のスピードと気迫に推され、全く笑えない(笑)
ふと気がつくと、睡魔が襲って、珍しく座敷に横たわってしまった。。
お開き!じゃ、当日宜しくね!
って。。おい!
同期会の話、、全く決まってないじゃん。
なんの為に旭川に来たのか。。
みっちゃんとYGMCに久しぶり会う為!
納得!!(明石家さんま)
居酒屋わしん 旭川市豊岡4条10丁目
営業時間 19:00-12:00 毎週月曜定休(翌祭日は除く)
安室奈美恵
特段ファンでは無いが、引退には流石に驚いた。
40歳という年齢にも驚いたが。。
ネット上ではいろんなコト書かれているけれど、だ、果たしてどうなのか?そこはネット記者に譲るとして…←オマエは誰だ!?(爆)
前にWOWOWを契約して居た時に、前の会社で流す映像コンテンツを録画していた。お客様の喰いつきがイイとアムロちゃんのライブも持っていった。
じっくりは見ていないが、、ファンも多くいて、聞いた話と合わせて書くが、、まず、「踊って歌う」何処彼処の48だかは「踊っても口パク」だが、彼女は、
『激しく踊って息も切らさず歌い続ける』
ここに多くの女性ファンが共感し共鳴して、プレミアとも言われるライブチケットを必死にゲットし、アムロちゃんのライブで元気を頂き、明日からの活力にしている。
ま、誰しも誰かのファンではあるだろうが、アムロちゃんは、エグザエルでいう、ボーカルとパフォーマーを独りで行うのだ。そんな稀有な人は国内ではあまりいないかも。後は、、渡辺直美くらいか?←彼女もすごいと思う。あの巨漢でキレッキレのダンスに歌。
そして、ライブと言えばMCなのだが、一切行わないという。2時間程のステージを歌と踊りだけで敢行。イイかワルいかは別として、べしゃりなど不要!と言わんばかりに圧倒的存在感を放ってストイックな情熱で臨んでいるそうだ。
業種は違えど、イチロー(現在43歳)と重ねて見ていた部分も多く、彼女が50代前半までは、このままいくだろうと思っていた。
思い出として、初めて彼女の存在を知ったのは小樽勤務時代。恐らく1994年頃。
毎朝、ウゴウゴルーガを見ていた時に、蘭々と二人で愛くるしい表情で出演してた。あれはデビュー前だったのだろうが、あの時から写り映えしていた。
夜のヒッパレーは、妻が好きで毎週のように観ていたが、歌唱力がダントツ。しかも細くてすらっと長い手足。まぁ、売れる理由しか見当たらなかった。
そして、当時の職場では有線が常備されていたので、彼女の曲は引っ切り無しに流れていた。ファンじゃなくとも、初期の歌はほぼ分かる。
まぁ、書くほど内容もあるわけじゃ無いのだが、氷室京介ライブを卒業並みの事例であることだけは確かだろう。
都はるみみたく、復活しないべかね?
時代が違うか?(笑)
三者三様
9/16 土曜 前の週にZUMEから召集がかかったので、妻の友人達と行くキャンプを辞退して、旭川へ行くことに。。
朝8:30 息子と二人旭川へランデブー。って、都市間バスでの移動だが(笑)
10:40 旭川着
駅前から買物公園まで、人でビッシリ。
昨今、祝祭日でも駅前や買物公園は人が遠のいて久しいけれど、いつもと見紛う程。一帯の通りを埋め尽くす人で大賑わい。
そう。当日は、食べマルシェの開催日だったのだ。
先週、札幌オータムフェストに行ってきたのだが、その時も大通公園が人でぎっしり。
秋に食べ物は相性がイイ様で、食欲も増す心理を突いた巧妙なイベントだと思う。
札幌オータムフェストは2008年から開催されて、年々、規模が大きくなり、開催期間も伸びて今や3週間強行われている。
食べマルシェは今回で3回目。しっかり記憶にあるのは、初回が転職した年だったから。
到着が昼時だったのもあり、息子と色々な産地の出店を見ながら、食べたいものをチョイスしお腹を満たした。
四条九丁目から、旭川電気軌道のバスに乗り込み実家へ向かう。(結局51、52、53、522番線は待ち時間が長い為、19番線(旭山動物園行き)に乗って豊岡4条3丁目で降車し、歩いて実家へ)←書いても分かる人は、かなりのご近所さんという事になる。
12:30 実家到着
母さんと他愛のない話をしながら、ダラダラ過ごす。
夜になり、ヒマがあるので予定の30分前に、ここの読者にもお馴染みKBのお店『居酒屋わしん』へ。。
18:30 相変わらずお客様が座席を埋め尽くしていた。用意されたカウンター席にすわり、他メンツの到着を待つ。
18:50バックホウの名手TUSIが来て、19:10 オレの知り合いの中ではダントツのギャガーで親方大工のJZが到着。(人物紹介も相変わらずくどい。ええ、そうですとも!それがあたしの真骨頂ですから。)
この三名は、以前にも書いた東陽中学校3年1組のクラスメイト。(愛宕小学校も1年はJZ、5、6年はTUSIと同級生だった。因みに店主のKBちょは、3、4年)
色々な話をしながら盛り上がっていると、
19:40ZUMEが、ようやっと到着。
それから色々な話で相当盛り上がって、酔いもいいだけ回った。
なんの会話を端に発したかは、記憶に無く恐縮だが、ここ10数年ぶりくらいに、腹がよじれて、窒息しそうなくらいの状況に陥り、床に転がっての『超大爆笑』。笑い過ぎて、腹筋がシックスパックになるかと思った。(笑)
そして、今日の本題。
JZ「第三のビールはいつも何を飲んでる?」
UZ「金麦」
JZ「クリアアサヒ」
TUSI「金麦か、頂※かな?」
ZUME「のどごし生」
※頂最近出た7%の唐沢寿明CM
この様に意見が割れた。が、すぐに攻撃の対象はZUMEにそそがれた!
「ええええええ??のどごしぃ〜い!?」
JZ「アレが第三の中で一番不味い」
UZ「自分のカネなら絶対に買わん!」
ZUME「いやいやいやいや!スッキリして飲みやすいって!!」
JZ「なんでアレが、第三の中で一番売れているかが分からない」
などという、ドウデモいい話で時間を費やした。
オレの見解では。。全国でみれば大手キリンの『のどごし生』が販売戦略で売れているのかもしれないが、北海道では『金麦』が多いと思われる。
根拠としては、並んでいるところを見ても、エンド(棚の側面、メイン通路側)や、ゴールデンライン(一番目につき、かつ手に取りやすい場所)でよく目にするし、極めつけは、、2スパン(二列)スペースを確保しているスーパーが圧倒的に多い。特にアークス系列、ビッグハウス、ラルズなど。。
JZ「セブンイレブンに行くんだけど、6缶パックはのどごし生しか無い!クリアアサヒ6缶欲しいのに6回取らなきゃいけないのは腹が
立つし、そこまでしてって(店員や他の客に)思われるのがイヤなんさ」
「そして、仕方なく(6回取る行為を避け購入した)飲んだら、やっぱ、クソ不味い!!」
JZの独特な観点や描写には本当に感心する。
UZ「おそらく、、全国区である、セブンイレブンは大手のキリンを前面に出す様に言われているんだよ」
スペース、、置く場所の棚割りの関係もあって、第三はのどごし。ビールはアサヒ、スーパードライの6本パックで圧倒しているから、キリン側にも配慮していると、UZは推測する。
因みに発泡酒はキリンの淡麗が首位。コレはオレも同意。だが、サッポロの北海道生も相当うまい。
味覚は好みに左右するとはいえ、様々な見解が織り成された。
JZ「最近は、ビールに違和感を感じる」
ZUME「第三の方が美味いと思う」
UZ「飲み慣れているからなんだべねー」
さぁ、何気ない話だが、読者の皆はどう感じるだろうか?あなたは何派?何党?
本題は終わったが、、、その後。
24:30 居酒屋わしんを後に、、
1:30 豊岡まねきねこへ。。歓談と飲みとカラオケで歌い倒し、、、延長に延長を重ね。。閉店。
早朝 6:00 撤収。
先日は4:30に起きたのでまたもや完徹した。
皆からエネルギーを頂き、精神的なエネミーは超満タンになった。
徒歩で実家に向かう。朝日が燦々と気持ちがいい。
6:30実家に到着し、そのまま爆睡。。。
イベントは毎週続く。。。また今週も職務が忙しいけれど、来週のイベントに向けて頑張りましょう!!
人生、笑いとプライベートな友人が一番!
トーク力と組立力だけでは、その場を支配できない。
コミニュケーション能力は当たり前だけど、ソコに存在する性格の異なるキャラクターを、全員、不快にする事なく和ませて会話を落とす。
自身の中でだけど、コレが出来る人間は尊敬に値する。
前にも書いたことがあるけど、
人の身なりや体型、失敗など、そういった部分で笑い落とすのは、全く美しくないし、嫌悪の対象。
大概は、このレベルで「面白い!」とか言われて、その気になって、誰彼を不快にしながら笑いを取っている。
学生までなら兎も角、、笑いに対して、失礼だし、人間としても常軌を逸している。
太宰じゃないが失格!←お前もなと言う意見はあろうが、まぁイイだろう。寛容だなぁおい。
でも、容姿で弄っても愛情があれば、許容範囲であって、悪意が垣間見えた瞬間、言ってる人間の価値は落ちる。
ジャッジは難しい?
いやいや、様々なタイプの人間の懐に入った経験がアレば容易だと思う。
プライドが高く無いのが、功を奏しているんだろう。
殺されるほど憎まれてはいないと思うが、殺したいと思うほどの人間は案外多かったりもする(笑)
ふざけた人間の方が、ふざけた道徳心を持ってる人間を見極められる。
桂三枝、笑福亭鶴瓶、三遊亭仁鶴、出川哲朗、ウッちゃん、勝俣、久本雅美、、
他にも思う該当者はいるけれど、ホントに凄い人だと感じてる。
ブラウン管の中でアレだけの雰囲気なのだから、実際はもっと凄いんだろうね。
何書いてるか分からんって?
その場の空気を誰にもイヤミを感じさせる事なく支配できる人間が、ステキですってお話さ。
イヤミを感じさせず、大爆笑をさらう。
そんな人間になりたいと常々思うわ。
スタートはどんな感じなのか?
さっき、10キロのスタートを見て思ったが、距離が短いとはいえ、真剣な走りを見せる走者が、相当数いた。
テレビで見るそれよりも、迫力があった。
我々、5キロも例外では無かった。
よもや、自分がこういった地点で、スタートの合図を待つ事になろうとは、想像できただろうか?
断っとくが、あんたらより、オレの方がビックリなんだから。。

渇いた火薬音が晴天に放たれた。。
その時は突然に。。。
一気に群衆が前方に移動していく、、
普段、ウォーランでは自分のペースで行うが、コレは大会。ウォー(歩く)コトは雰囲気的にご法度。
すなわち、走る(ラン)しか、選択できない。
そう一瞬のうちに考え、距離は短いが競技に参加している事を肌で感じた。
ITOくんと、色々話しながら並走を続ける。
通り慣れた、石狩手稲通(道道44号線)の景観も、クルマで走る時とはエラく描写が異なっている。
当たり前なんだけど、道路の一部は完全に閉鎖されている。改めて、参加料を払う値はあるなと感じた。
2キロ手前位になると、ITOくんの娘さんと距離にして10mくらいの差が付いてきた。
と、同時にペースが落ちてくる感じがした。
それから、左の靴紐が解けてしまった。
「しまった!シッカリ結んどきゃよかった」
2.5キロ辺りで、ITOくんから
「大丈夫ですから、一旦止まって結びましょう!」
ちと、無念ではあるが、このまま走っても気になってしまうので、靴紐を結び直す事に。。
息が上がって、いつもできる事なのに、手間取ってしまう。
やっぱ、大会で走るのもあるが、一緒に走ってくれている人がいる事も、大きいものではないにしろプレッシャーではあるのだろう。
そして、リスタート。
「3キロです!もうちょいですからね!」
「。。。おっけ。。」
こう返すのが精一杯。
もはや、会話する余裕もほとんど無いのだ。
程なく給水所。。
テレビでよく見る、走りながらサッと飲んで、コップをサッと係に渡してるシーンをご存知だろう?
走る前にITOくんからも聞いてはいたが、あんな風にはならない。
いや、できない。と、断言する。
慣れなければ、走るペースを落とす、もしくは止まらなければ飲む行為自体難しい。
実際、喉は渇くし、身体は欲している。が、、、
え?ってなる程、喉を通らない。。
コレには驚いたな。
でも、遮二無二、三分の二飲み、走りを継続させた。
あ。。
幾分か、ラクになった感じがした。
そう。感じがしただけで、足取りが重い重い。
「今日は、、はぁはぁ。。5キロでよかった。。。10キロは。。無理だったかも分からん」
今大会をエントリーした時に。
「5キロ?その辺で走ってりゃいいんじゃない?」
なぁんて、妻から小馬鹿にされ皮肉を言われたが、、、
おいおいホタテじゃないが、ナメるなよ!
5キロでも、相当キツいんだっての!
みんなが笑ってお日様も笑っているかも知れないが、←サザエさん
この時点でオレは全く笑えなかったわ。
「あれ?」
「YSKWさんじゃ無いですか?」
右を駆け抜ける、10キロマラソンの走者のコトを言っているんだと、顔を上げると。。
よくfacebookやInstagramで見た滑登走(かっとそう)のユニフォームを着込んだ小柄な男性の姿が。。
間違いない。
「う、うん。。。そうだね(YSKWさんだね)」
すると、
「声掛けてきますね!」
言った途端、加速してYSKWさんと並走して会話してオレのところに戻ってきた。
なんでUZも行かなかったのよ?って?
お前は馬鹿か!←出川口調で
加速する機能が残っていなかったんだっての!
だから、よくあんなダッシュできるもんだなと、思うだけで精一杯さ。。
こんな小さな大会に(距離が短いという意味)よもや参加してるとは、思わなかったので驚いた。
まぁ、、それはともかく、歩きたい衝動に駆られて仕方なくなってきた。。
「あと少し!頑張って!」
「がんばれぇ〜」
沿道の住民、老人、子供が放つ声。。
みんなが言ってたの、これね!!
そう。声援は意外にチカラをもらえる。
いや。確実に何かに作用してこうなるのだろう。
詳しくは、それを専業としてる博士に聞いてくれ。
ITO「あと、1キロですよ〜頑張ってください!」
おお。。まだ1キロあんのぉ??と、思いながら
「うん。。なんとか。。頑張る。。わ」
最後の曲がり角を左に曲がると、、
ゴールの文字が踊る横断幕が見えた。
距離にして300mくらいだろうか??
近いが遠い。
聞くのと体感するのでは違うが、この状態ならこうなる。
ITO「最後、加速できますか!!??」
僅かながら加速し、ゴールをくぐった。。
瞬間、達成感もあったが、やっと終わった開放感が先にきたのが、初めて大会で走り終えた感想。
その後、完走表を頂きに大会事務局へ。
タイムは31:07
おおよそ、平均、6分前半/キロ。
まずまずの好タイムではなかろうか?
グロスではあるが、オレのアプリでは。。

この様な結果。
練習では平均7分/キロ。だった。これもITOくんから聞いていたが、大会で走ると、実力以上の結果が出る。それを見事体現。
その後、YSKWさんを探し、二年ぶりに再会し会話をした。
すごい人物であることは、このプログでも書いたと思うが、相変わらず精力的に走っておられる様で、進化を続け、全国でも有名なランナーになっている。参加している競技を考えれば、それもうなづける。
それにしても、ITOくんがYSKWさんと繋がっていたとは、世間は狭いねぇ。。そして、それぞれの職場で仲良くして頂いた二人。
そう。オレがランニングを始めるキッカケはYSKWさんで、大会に出るキッカケをくれたのはITOくん。
コレを考えても、世の中は繋がってんだなと実感する事例ではある。
先日、YSKWさんは48時間250キロマラソンに参加され、完走。ITOくんは先週の北海道マラソンでSUB3.5で走る実力者。
ITOくんは「にじいろ」に属している様だが、様々な繋がりを持って日夜走っているそうだ。
言うまでも無いが、YSKWさんは滑登走代表で、精力的に活動をされている。
オレはオレでできる範囲で続けては行こうと考えている。

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先日、9月3日 日曜日
石狩サーモンマラソンに参加してきた。
ゼッケン配布開始は8:00だったが、およそ15分前に石狩市役所に到着。
週間天気予報では、雨となっていたが、当日は風が若干強いものの晴れ間が見えていた。
今回はハローズ小樽時代の後輩ITOくんからの後押しもあって、参加と相成った次第。
まだ、到着していないみたいなので、会場内をみてまわる。。。
競技慣れしている人や、ファミリーなど、様々な目的で今大会に参加している様だ。
なんせ、こういったマラソン大会なるものには参加したことが無いので、雰囲気を感じるだけでも新鮮。
昨今、何でも受け入れることにしているので、興味深い。
ふと、何気に受付テントの逆サイドに目をやると、、そこには。。
水素療法
と、銘打ったブースがあった。
早い時間のせいか、そこには殆ど人がいなかった。
テント内を覗き揉むと、係りの人が案内してくれて、軽い身体のハリや凝りを用意された用紙に記載し、程なくして、施術師が処置を施してくれた。
ああ。。コレは。。酷いね〜。
呼吸も、、肩甲骨の可動域もほぼ無いし、、身体も全体的に硬い。。
流石はプロといったところか?
水素の液体を軽く首筋に塗り込み、炭酸ガスを当て込む。その間、数秒。。
すると、、どうだろう。。
呼吸が楽になり、仕事で凝り固まった首筋から肩にかけて楽になったではないか!!
そして、腰を回すと。。完全では無いが、楽になっているのが体感できた。
コレがナント無料!
「コースレコード更新できますよ!」
なんて、言われたが、記録も何も初めてのマラソン大会の参加なので、返答にアズってしまった(あずる←北海道方言で困る、焦るみたいな意味)
ある程度の効果を確信したので、今度じっくり施術して欲しいと言うと、、その方は、大阪からだとのこと。今回のイベントに合わせてこの水素療法を広めに来たそうだ。
諦めていたところ、札幌の整骨院の方もいらっしゃって、紹介して頂いた!
いつも友人の整体師TKSIに背術してもらっていたのだが、今年からはとても忙しいらしく、頼みづらくなって、予約もしなくなってしまい、年明けから一度も整体をしていなかった。
整体は今の仕事を続けるにあたり、重要な位置づけで、かかりつけを探していたが、オレはTKSI以外に信頼のおける所も無かったので、困っていたところ、正に渡りに船だった。
その後、8:00を回っていたので受付に。。
ゼッケンをいただいて、みると。。
紙みたいなペラペラでキャシャな素材。。
「ん!?大丈夫んか!?」
そんな風に、疑問に思いながらも同封されていた安全ピンでシャツに装着した。。
程なく、ITOくんから連絡、落ち合った。
会うのは、2015年。電気屋時代にランニングウオッチを買いに来てくれた以来。
だが、facebookでは、マラソン情報を頂いていたので連絡は取り合っていた。ンなもんで、久しぶりな感じが全くしなかった(笑)
彼も中々のやり手で、マラソン狂と化していた。だってね、、初めて三年でフルマラソンSUB3.5だよ?(3時間半台で走るという意味)
今回は、ITOくんの娘さんが5キロエントリーで、ITOくんは10キロの予定が予約の際、間違えて5キロにした経緯があって、オレも5キロでエントリーした。
たかが5キロと笑っている諸氏。
ITOくんはズーハロの後、呉服屋の営業マン。今は介護業界でケアマネジャーとして、余市の病院に勤務し日夜、世のため人のため尽力している。が、呉服屋の後の話を聞いて人生イロイロあったんだなと。(詳しくは書けない)
人生は順風満帆な人なんていない。
こういった、昔一緒に『同じ目標で働いていた』人間が、さらに輝きを増している状況。これを知れる、又は付き合いを継続して頂けることに、感謝以外言葉は無いわ。マジで。
おおおーっと!またしても。。マラソンから逸脱〜ぅ。
今回、ゲストにナント!増田明美が来ていたらしく、ITOくんがスタート前の忙しい最中、その姿を発見するや否や、、ダッシュで写真をお願いしに向かった!
「MRKMさん!(UZの姓)MRKMさん!早く!」
ええ??忙しそうにしてんのに?写真大丈夫か??と、躊躇してたら。。アッサリ一緒にフレームに収まってくれた。
いやはや、彼の行動力を思い出した。昔から考える前に行動する人なんだよなぁ。
さて、車椅子、10キロ、ファミリー3キロ、と続々スタートし、いよいよ我が初舞台5キロのスタートラインについた。。
MRKMさん!大丈夫!しっかりサポートしますから!
相変わらず、すごく面倒見がいいんだよなぁ。
緊張は然程でも無いのは、ペース配分とか、給水の仕方など、細かな部分も先回りして教えてくれたのが大きい。
後は、足を止めずに5キロ走りきるだけだ。。
そんな事を感がながら、、号砲を待つ。
続く。。ことにする(笑)
今回、この記事を書こうと思ったのは、お盆に録画していた長崎の原爆についての番組。
内容をかいつまんで書けば、、
爆心地の浦上には、有名な浦上天主堂があって、多くの部落出身者、カトリック信者がいて、長崎の中心地から外れていたので、部落もこの際無かったことにしようと戦後二十五年ほど長崎市も長崎県も国に部落の事実を隠していた。その後、世の中の機運が上がり、被爆者も身分を明かし、徐々に語り部として、口を開くようになった。
証言していた部落の被爆者は、学校でピカドン、原爆、ハゲ(放射能で抜けるため)ガッパ(河童)などと呼ばれていた。
今で言う、差別、いじめの類だ。
部落に原爆との、二重の差別苦だったと言う。
カトリック信者も、なぜキリストを信仰していたのに我々がこんなに犠牲にならねばいかんのか?
キリスト信者は12000人いたが、この浦上で8500名原爆で亡くなったそうだ。
そして、江戸時代から部落とキリシタンの抗争も絶えず、血で血を洗うほど泥沼化し、こう着状態が続いていたのだとか。。
まとめられないけれど、こんな感じ。
存命しておられる部落出身者、キリスト信者が番組内で思いを吐露していたのを見て、色々と感じた。普段、冗談ばっかりなオレが、そう思えないほど、考えさせられた。
自分には信念など無いけれど、人に対して絶対したく無いコトがある。
これをしている人間を見ると、いくら仲が良くっても、最低な思いに駆られてしまう。
それは、、
人の身なり、容姿を悪意を持ってからかうコト。
「なんだ、そんなくだらない事で?」
そう思ったなら、思ったでいいけど、俺の前で俺以外の人の容姿でからかうようなコトは絶対に言わないで欲しい。お願いだから。。
すごく虫酸が走り、嫌悪に駆られる。。んさ。
お前だって良く言うじゃん!とか、言われるが、そこには信頼関係と良質な笑いがあるからと、断言する。
自分の事を言われるのは全然平気なんだわ。
だけど、俺ほど差別されている人間もいないんじゃ無いかと思うもんなぁ(爆)
顔でかい、肩幅が狭い、足が短い、もうろくじじい、、他にもあるけど割愛。
まぁ、確かに皆が言うのも概ね正解だから、しゃーないわな(笑)
逆に、笑いを取る手段となるからラッキー!そう思うようになったよ。ラクだしな。
他人に対して、容姿でからかわないようにしてる。
前職で仲がよかった、太っちょ(TKっち)には、コンマ1トンとか言ってたけど、ウケ狙いで、本人も乗っかっているからオッケーなのよ。分かる?
比喩と弄りであって、差別やいじめでは無いのだ。
ちと、面倒くさい書き方したのは謝るが、そんな感じだと分かってもらえたら次も書きやすい。
今ではこんな仏の様な俺だって、過去には酷い差別イジメをした事がある。
次章は、それを赤裸々に列記していきたいと思う。。
ある種、子供の方が残酷なのよね。。
夜といえば明かり、明かりといえば照明器具。
電池ランタン?ガスランタン??
ノンノン!!
やっぱり、ランタンと言えば、ふた手間以上かかる『ホワイトガソリンランタン』でしょう!

ショウはツーバーナーレトロ288、姉貴はアンレテッドツーバーナー(無鉛ガソリン使用可能)オレはツーバーナーを二機(そのうち1機はガラスを変えている)合計4台のランタンで真昼の様な明るさが保証されたのだった。
ショウの持って来たランタンポールが素晴らしい物だった。暗くて見えんだろうが、高さ、太さ、軽さ、金具、バランスなど、良品である。

夜は少し冷えてきたが、炭をくべて暖をとるので何のことはない。
ビールを飲みながら、持ってきた海鮮を肴に夜な夜なトークに花が咲き乱れながら午前様を迎えたところで就寝。。

翌日。。早朝5時

炊事場もしっかり完備。
ここで洗顔、歯磨き。

綺麗になっていて、さすが市営だなと感じた。
女性や子供は大喜び。オレはその辺さして気にしない。なんせワイルドなんで。だろぉぅ?とは言わないけど。。
朝食は、昨日の残りを温め直したパエリア、燻製、妻の作った天然酵母の食パンにトマト、ハム、チーズをサンドしたのを頂く。

そして、エスプレッソ珈琲を淹れてもらう。。


いやぁ。。アウトドア最高やね。
もっとゆっくりしたかったんだけど、11時には撤収の時間。
荷物をまとめ大八車に載せ、700メートル先の駐車場へ行く。。
叔父さんが引くのは姪っ子と従兄弟の息子。。

こういったお約束もキャンプの愉しみでもある。
次回のキャンプは脱焼肉だな。
楽しみ楽しみ♪


